「おや、可愛い女の子の表紙だな。」
自転車モノの本は、メンテナンスブックにしろハウツー本にしろ、とかく男臭くなってしまうわけで、ピンク色のサイクルジャージを着た女の子の表紙は、自転車関連の本としてはとても異質だったので、僕はその本を思わず手にとってしまった。
追い風ライダー(米津一成著/徳間文庫)
その本は追い風ライダー(米津一成著/徳間文庫)というタイトルの本で、表紙裏の解説によれば、人気エッセイストのロードバイク小説だそう。
著者は「自転車で遠くへ行きたい。 (河出文庫)」などのロードバイクを題材にしたエッセイを執筆している。
自転車を中心に展開する6つの短編で構成されていて、その一つ一つがチェーンのように繋がり、最終的に一つのストーリーを形成していくというもの。
自転車小説ならではの自転車ネタも豊富で、それぞれの話には、クロスバイクやロードバイクに乗っている人なら一度は聞いたことのあるような、エッセンスがが散りばめられている。
例えば「サイクリストは日焼けしているものだけれど、日焼けしている人がみんなサイクリストとは限らない。そんな中で、日焼けしている人を見てサイクリストかどうかを判断するには、その人の手を見れば良い。」などというようなくだりが作中には出て来るのだけれど、そんなこと、自転車乗りでなければ、絶対に意識することも気付くことないだろう。
そんな自転車乗りにしか分からない感覚、自転車乗りにしか書けない言葉が随所随所で見つけられ「この気持ちわかるわぁ」という共感は、自分自身が経験してきた景色と重なり合い、小説の中の景色を主人公と同じスピードで走リ抜けるような気持ちで読み進んでいける。
良い意味で想像を裏切られた感じ
表紙のイラストからイメージしていたのは、フレッシュで爽やかなストーリーだった。
しかし、いざ読んでみるとオッサン的な感覚が溢れる小説で、登場する女性もけしてフレッシュではなく、中高年のおっさんが思い描く若い女性像の典型のようなキャラクター。
そんな感じでどことなく加齢臭のする文体と、フレッシュなイメージの表紙とのギャップに戸惑い「あれ?なんか思ってたのと違う・・・本選びを失敗したかな・・・」というのが読み初めに思った正直な感想。
それは、私自身がオッサンで、日頃からオッサンぽいことに対して嫌悪感があったり、オッサン的な要素を身につけまいと抗っているアラフォー男子ですから、オッサン的な感覚に対してはやたらと敏感になっているせいで、必要以上にオッサン要素をヘイトしていてるというのも一つの原因かと思います。
まぁ、表紙に騙されて「大いに裏切られた」と思ったわけです。
そんなわけでギャップが大きく、序盤早々に脱落してしまいそうではありましたが、自転車「有る有る」な言葉や、短編が繋がって行く読みやすい構成に助けられ、なんとか脱落せずに読み進むことができました。
こんなことを書くと、なんだかつまらなそうな作品に思えてしまいますが、けしてそういうことではなく、表紙とのギャップさえなければ、すんなりと読み進むことが出来たと思います。
とにもかくにも「なんでこんな表紙にしたんだ・・・」そんな疑問を抱えながら読み進めたわけですが、そんな疑問が吹き飛ぶほど、クライマックスにきて「そうそう!求めていたのはコレコレ!」という感じで、一気に引き込まれるストーリー展開になっていくのです。
バラバラだったストーリーが集約して一つのストーリーにまとまり始める構成が気持ちよく、前半のスローペースから一転して、後半はハイペースで飛ばしまくるような感じで一気に読み終え、改めて表紙について考えた時、表紙はこのピンク色のサイクルジャージを着た女の子のイラスト以外に考えられないと思うようになっているのでした。
後半はレースやイベントを中心としたストーリーになり、レースやイベントに参加したり、集団で走ったことのない僕は置いていかれそうな感覚になりつつも「レースに頻繁に参加したりしてる人はきっとこういう繋がりがあるのだろうな」と、まるでレースに参加したような気分を味わえたり、僕自身が経験してきた淡い恋とよく似たラブストーリーに、自分の姿をオーバーラップさせ思わず遠い目をしてしまったりするのでした。
僕が小説を読んで最高に気分の良いと思う瞬間は、「ここ」ではない「どこか」遠い場所に思いを馳せるような気持ちになれる時で、この本はまさしくそんな気持ちにさせてくれるそんな小説でした。
読み終えた後には、自転車を大切に乗り、そして自転車を切っ掛けに繋がって行く人々の出会い、そんなモノをもっともっと大切にしながら自転車ライフを楽しんでいければと思える素敵な本でした。